4月6日。『アダストリアみとアリーナ』での幕が切って落とされた。

B2リーグ観客動員の新記録となる5,041人が集まった試合は、その日のBリーグ全試合の中でも一番の観客動員数であった。
3年前、プロバスケットボールのチームが無かった街のど真ん中に、日本で一番バスケットの観客が押し寄せる日が来ることを誰が想像できただろう。

上原和人
<バスケットボールの主なプレー経歴>
小学校4年生でバスケットに出会い、ミニバスでは全国大会3位。
中学時代には茨城県選抜として、全国準優勝を経験。土浦日本大学高等学校、国士舘大学を経て、東京日産自動車販売の実業団チーム『東京日産ブルーファルコン』所属。日産自動車に就労しながら『大塚商会アルファーズ』へ所属。茨城ロボッツGMに就任後は、チームマネジメントとスポンサー営業責任者を兼務し領域を超えて活躍。

これはロボッツの試合なんだよな?

『県スポ』と呼ばれていた時代の東町体育館を知り、ロボッツの灯火が消えそうになっていた時からチームを支えてきたこの男には、その光景がどのように映ったのか。

「会場を見渡して凄い空間だなと思いましたが、ハーフタイム中にチームと試合を映像で振り返っている時に鳥肌がたちました。一瞬、茨城ロボッツの試合じゃない映像を観ているのではないかと。『凄いことになっているな』と思ったのが率直な感想です。会場が青一色に染まっている光景、『これうち(ロボッツの試合)なんだよな?』と。まだまだ目指すべきところには到達できていないけれど、先ずはこの日をこういう形で迎えられたこと。『ここまで来たんだな』ということを実感できた瞬間でした」

300人も観客がいない時代を経験している上原だからこそ、もしかしたら4.6の光景は上原自身が最も信じられなかったのかもしれない。

「山谷さんや僕らがチームに加わった時は、(つくばカピオアリーナの)2F自由席で席に座っている観客の方が逆に目立っていました。そんな状態を知る自分としては信じられない光景でした。当時、ロボッツのグッズを身につけて着ているお客さまはほとんどいませんでした。それが、4.6はみんながTシャツを着て、会場をロボッツブルーで埋め尽くしていました。今でこそ、街中でロボッツのウェアを来ていると声を掛けていただけますが、その当時は誰にも気づかれない存在でしたから」

古くから茨城のバスケットを知るバスケット関係者との会話

茨城のバスケット関係者なら知らない人間はいない、つくばロボッツ時代にHCを務めていただいた、群馬・平岡監督。

幼少期から選手として茨城県のバスケットを盛り上げ、高校の先輩後輩(土浦日大高校)という間柄でもある二人はどん話をしたのか。

「『これがあの県スポですよ。感慨深いですね』という話をしました。選手時代の僕らは『(決勝戦が行われる)県スポにいく!』と頑張っていたので、平岡さんと話していると当時の気持ちを思い出します。本当に同じ場所なのか未だに信じられません」

当日は茨城県のバスケット関係者が多く来訪され、一様に『県スポ』が『アダストリアみとアリーナ』として新たなスタートを迎えられたことを喜んでいたという。
多くの有難い言葉を頂いた中でも特に印象深かったのは、試合後に同級生の方から頂いたメッセージだという。

「あの場所で、あの開幕戦を創り上げたロボッツの選手・スタッフの皆さんに心の底から感動しました。ルールが分からない自分の幼い子供達が、相手のフリースローの時に声を枯らしながら、ブーイングをしていた姿を見て、茨城の、日本のバスケットが間違いなく変わると確信しました」

4月6日は多くの人にとって忘れられない一日になったと共に、これから更なる期待に応えていかなくてはいけない『責任』という新しいチャレンジが始まった日なのかもしれない。

4月6日当日のチーム内の動き、そして最終節への思いについて語ってもらった後編はこちら

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