文:小沼 克年|text by Katsutoshi Onuma
写真:B.LEAGUE、茨城ロボッツ|photo by B.LEAGUE, IBARAKI ROBOTS
2025年12月、アウェーでの越谷アルファーズ戦だった。練習生である以上、この日も試合に出ることはできない。ティップオフ前、落慶久ゼネラルマネージャーから個別に呼び出された。
「……おめでとう」
選手契約になる――。その言葉を聞いた瞬間は半信半疑だった。
31歳。練習生での再出発
2025年の夏、#92 村越圭佑は練習生としてロボッツに合流した。シーズン開幕以降、チームは怪我やコンディション不良により欠場する選手が断続的に発生。プレーできる選手に"空き"が出た状況にも関わらず、村越にコールアップの声はかからなかった。「年内はちょっと厳しいかもな」。そんな思いにもかられていた矢先の知らせだった。
「試合前だったので情緒が不安定になりましたね(笑)。でも、素直に嬉しかったです。夏に練習生として契約させていただいて、そこから選手契約までの期間に自分が取り組んできたことを評価していただいたので、諦めずにやり続けてよかったなと」
サンロッカーズ渋谷との契約満了後、村越は所属チームを探していた。他のカテゴリーからのオファーはあった。ただ、B1でプレーできるチャンスがある限り、そこにこだわった。
「B1にいないと経験できないことってすごくあるんです」
村越はBリーグが開幕した2016-17シーズンにプロの世界へと足を踏み入れた。これまでB1でプレーしたのは2023-24シーズンから2年間だが、たとえ出場機会が少なくとも、SR渋谷での日々はB1にいなければ経験できないことばかりだった。

「田中大貴さんやベンドラメ、ホーキンソン、永吉さんといったすごいメンバーの中でやらせてもらえました。そういう環境はB1にしかない。自分としてもまずはB1に残りたい、1番上のカテゴリーで頑張りたいという気持ちが強かったです」
可能性を示してくれたのがロボッツだった。練習生としての加入ではあるものの、選手契約に切り替わるチャンスがある。自らの価値を証明し、道を切り拓く。新天地へ飛び込む決断に迷いはなかった。
エリート街道の中で芽生えた「黒子」の矜持
小学4年生でバスケットを始めてから、小・中・高・大のすべてのカテゴリーで全国大会に出場。「中学に入学した時は170でしたけど、中3の夏には186くらいまで伸びました」と、急激な身長の伸びとともに訪れた成長痛にも耐えた。高校は地元の静岡を離れ、福岡の名門・福岡大学附属大濠高校でプレーの幅を広げた。
「中学まではゴール下のターンシュートばかりでしたけど、大濠にいったことでドリブルを覚えました。自分でリバウンドを取ってそのままボールプッシュしたり、2年生の夏あたりからは3ポイントもちょっとずつ練習し始めました。最終的にはオールラウンドなプレースタイルになっていきました」
筑波大学では2年生からスタメンを勝ち取り、3年と4年時にはインカレを制して日本一を経験。順調にキャリアを積み上げてきたように見えるが、大学では「3年生の途中からスタメンを外れた」。自身のプレーがなかなか安定しない中で、馬場雄大(長崎ヴェルカ)、杉浦佑成(仙台89ERS)といった後輩たちが台頭してきたからだ。それでも、最上級生になって考え方を変えた。

「スタメンだけがすべてじゃないなって。控えから出る選手の力は絶対必要ですし、チームのためにやれることはたくさんあるんじゃないかって思うようになりました」
黒子役でも自分の役割を全うする。そのマインドを、より確かな覚悟として胸に刻むきっかけとなったのが、SR渋谷時代にルカ・パヴィチェヴィッチHCから受けた言葉だった。

「自分のことよりも、まずはチームのためにしっかり体を張ってファイトしてほしい。チームのためにやってきたことが、必ず自分に返ってくる」
分厚い選手層の中で出場機会を得ようと、がむしゃらに練習に励んでいた村越にとって、視界がパッと開けたような感覚だった。
プロの使命感を胸に再びコートへ
練習生として活動した時期は、トップチームの練習のほか、ユースチームの練習参加、スクールコーチとしても貢献した。プロキャリアをスタートさせたアースフレンズ東京Zでは、クリニックや学校訪問、駅前でのビラ配りなど「年に200回」ほどイベントを実施したという。日頃から支えてくれるファンや地域への還元が、プロ選手としての存在意義を再確認させてくれた。
「クリニックがきっかけでミニバスを始めた、という子もいました。あと、アスフレの時にエスコートキッズで一緒に手を繋いで入場した子がSR渋谷のユースの選手になっていたんですよ。そういう経験のおかげで、影響力のある立場なんだなって改めて実感できました。すごく嬉しかったですし、ちょっと大げさかもしれないですけど、誰かの人生を変えるきっかけを与える職業なんだなって思いましたね」
村越は元々、子どもたちと触れ合うことが好きだ。これからもバスケットの楽しさを伝える活動を続けたいと考えている。しかし、今は1人の選手として、ロボッツのために全力を尽くすことが最優先。「クリスHCもチャンスをくれるコーチなので、もらったチャンスを活かせるように頑張りたいです」。
役割は明確だ。195cm100kgの体格を武器に、泥臭くその身を捧げる。ベンチにいる時間帯が長くとも、できることは山ほどある。
「いいプレーが出たら盛り上げるし、ミスしてしまったら『次、次』って切り替えの声かけをする。極端な話、自分が点を取らなくても、自分のスクリーンがきっかけで得点に繋がればいい。数字には残らないですけど、そういった泥臭いところを頑張っていきたいです」

練習生の時期を乗り越え、ようやく掴んだ選手契約。プロ10年目での新たなチャレンジが、村越圭佑をまた1つ成長させた。
「ユニフォームをもらえることは当たり前じゃない。ありきたりすぎますけど、本当に感謝の気持ちは忘れちゃダメだなって改めて感じました」



