文:小沼 克年|text by Katsutoshi Onuma
写真:B.LEAGUE、茨城ロボッツ|photo by B.LEAGUE, IBARAKI ROBOTS
茨城ロボッツを象徴する存在が選手生活に別れを告げた。自ら終止符を打った9月27日、4600人の大歓声を背に「LAST GAME」のコートに立ち、ラストショットを放った。キャリア15年、ロボッツに加入して10年の日々を駆け抜けたストーリーを振り返る。

ロボッツ加入前の紆余曲折
75-81。「LAST GAME」が終わった。ロボッツの選手だけでなく、2試合に及ぶ激闘を戦った三遠ネオフェニックスの選手たちも背番号25に歩み寄り、次々に手を差し出した。出場時間はわずか2.8秒。だが、#25 平尾 充庸はこの数秒のために左膝と向き合い続けた。念願のB.PREMIERのコートに立ち、最後まで役目を全うしたその姿はこの先も語り継がれるだろう。
徳島県出身。小学校1年生の時に兄の影響でバスケットを始めた。高校は親元を離れ、高知県の明徳義塾高校へ。「両親も相当な覚悟で送り出してくれたと思う」という言葉には、支えてくれた家族への感謝がにじむ。奈良県の天理大学では、4年時にチームを全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)3位へ導いた。当時から高い身体能力とシュート力で輝きを放っていたプレーの数々と、インカレ3位という功績は今も語り草となっている。年代は違えど、同じ大学のOBで日本代表ガードでもある#24 佐々木 隆成(三遠)は言う。
「平尾さんは天理大のレジェンドですからね。当時からもちろん名前は知っていましたし、プレースタイルも似ているので平尾さんのプレーを動画で見て真似していました。本当に勉強させてもらった部分が多くあるので引退はすごく寂しいですね」

大学卒業後はJBLの名門・パナソニックトライアンズへ入団。「さあ、こっからだ」。期待にあふれたルーキーイヤーだったが、この年にチームが突然の休部を発表。それでも、チームとして最後の天皇杯で日本一を経験できた。次の所属先となった東芝ブレイブサンダース神奈川(現・川崎ブレイブサンダース)では3番手のポイントガードに甘んじたが、「その状況でも、いろんな失敗をしながら自分なりに頑張った」と前を向き続けた。
2014-15シーズンには、創設初年度の広島ドラゴンフライズで初代キャプテンに就任。広島で2シーズンを過ごし、Bリーグが開幕した2016-17シーズンはバンビシャス奈良でプレーした。4つのクラブを渡り歩いたのちに、平尾はロボッツでの10シーズンを送ることになる。
「広島では創設時のキャプテンをやらせてもらいましたけど、当時の僕はキャプテン像というものを勘違いしていて、学生の時のままの感覚でやってしまっていたなという反省があります。奈良に関しては大学でお世話になった場所なので、しっかり恩返しがしたいという思いで行きました」

現役最後の相手となった三遠の大野 篤史ヘッドコーチは、パナソニックと広島でアシスタントコーチを務め、キャリアを歩み始めた頃の平尾を知る1人だ。「パナソニックには大野さんが入れてくれたと言っても過言ではないです。大野さんの前で去ることができたのは、たまたまかもしれませんが、物語としてはいいエンディングになりました」と平尾が言えば、大野HCもはなむけの言葉をかけた。
「一緒にできた期間は短かったですけど、こうして1つのチームに長く在籍できたというのは彼の人間性だと思います。茨城の皆さんに愛されているということは今回の試合でも非常に伝わりましたし、それは彼がここでいろんなものを培った証だと思います」

B1昇格へ示した、並々ならぬ覚悟
平尾がロボッツに加入したのは、当時B2に所属していた2017-18シーズンのこと。2020-21シーズンにはキャプテンとしてクラブ史上初となるB1昇格を成し遂げ、2024-25シーズンまで5年連続でキャプテンを務めた。
ロボッツブルーのユニフォームを身にまとった日々を振り返ると、喜びも悔しさも、たくさんの思い出が胸に刻まれている。2022-23シーズンからは、2年連続でB1ベストFT成功率賞の個人タイトルも獲得した。在籍10シーズンの中でも、平尾が「僕の中では特別なシーズン」と明かしたのが2020-21シーズンと2023-24シーズンの2つだ。
新キャプテンに就いた2020-21シーズンは、在籍4年目を迎えた平尾、バイスキャプテンの#2 福澤 晃平を筆頭に、新戦力には通算3度のB2得点王を受賞した#11 チェハーレス・タプスコット、B1で高い得点力を示していた#15 マーク・トラソリーニなどが加入。クラブにとってもB1昇格が至上命題のシーズンだった。平尾は当時の重圧を、キャプテンとして一身に背負っていた。

「当時のGMには『昇格できるプレーヤーは揃った。これでB1に上がれなかったら俺は辞めるつもりでいる。お前はそういう覚悟があるのか』という話をされました。だから自分は『僕は辞めたくないのでこのチームをB1にあげます』って言いましたし、覚悟を持ってキャプテンをやりました。そのシーズンは、もうずっと試合のことを頭の中で考えて考えて考えて、でしたね。金曜日に移動して、土曜日に試合が終わって、次の日曜日も試合があるのに、その3日間は疲れてるのに眠れないんですよ。目をつぶっても頭の中でずっとバスケの映像が流れていましたし、試合の振り返りから始まって、明日の試合をどういう風に戦うのかをずっと考えていました。寝てんのか寝てないのかわからない状況がずっと続いて、月曜日のオフになってやっと寝られるんですよ」
この年、ロボッツは東地区2位で8クラブによるB2プレーオフへ進出。昇格枠は「2」。2戦先勝方式で行われたトーナメントの初戦で佐賀バルーナーズをホーム連勝で退けると、悲願の昇格をかけたセミファイナルでも連勝。仙台89ERSとのGAME1を73-56、続くGAME2は81-78の激闘を制し、アダストリアみとアリーナは歓喜に包まれた。

「今シーズンはキャプテンを任されて、たくさんの選手、ファン・ブースター、スポンサーさんの思いを背負って戦うという決意を持ってコートに立ちました。まず1つの目標が達成できたことで、自分の中で張りつめていたものが少し報われたなと感じています。正直、最後のほうは覚えていないくらい、自分の中でも込み上げるものがありました」
B1昇格を決めた日、平尾は記者会見でそう言葉を残した。だが、B1で待っていたのは厳しい戦いだった。3年目の2023-24シーズン、ロボッツは降格争いに巻き込まれる。レギュラーシーズン60試合でわずか12勝。東地区最下位となったが、全24チーム中22位の成績でB1残留を果たした。
「降格争いの時もそうでした。辛い思いをしてB1に上がったチームを簡単にB2に落とすわけにはいかない。キャプテンの自分が引っ張っていかなきゃいけない責任からずっと寝れなかったですし、チームメイトとも何度もぶつかりましたね。チームとして成り立っていたかはわからないですけど、なんとかB1に踏みとどまることができました」
受け継がれる「闘う集団」
ロボッツのキャプテンは、Bリーグ初年度から一色 翔太、眞庭 城聖といった面々が務め、3代目キャプテンの平尾はいつしかMr. ROBOTSと呼ばれる存在になった。2024-25シーズンは初のダブルキャプテン体制として#3 長谷川 暢と共にチームをけん引。その翌シーズンは長谷川とエリック・ジェイコブセン、今季は長谷川が単独で主将を務めている。
「(長谷川)暢とは本当にいろんなことを話しましたし、キャプテンとしてもたくさんのことを伝えられたと思っています。僕自身は、ロボッツに来てから『闘う集団をつくる』ことをずっと目標にやってきましたけど、今は僕が『闘えよ』って言わなくても闘えるメンバーがいますし、闘えるチームになったと思っています。そういった意味では暢だけじゃなく、他のプレーヤーに対してもいいバトンを繋ぐことができたかなと」

これからのロボッツを背負っていく長谷川は、「やっぱり勝って終わらせてあげたかった。それに尽きますね」と心残りを隠せなかった。それでも、平尾が言葉や背中で示し続けたものは、確かに長谷川へと受け継がれている。
「平尾さんが最後にコートに立てたことは、自分の中でもすごく感慨深いものがありました。平尾さんは5シーズンもキャプテンとしてロボッツを引っ張っていて、僕が移籍してきたタイミングで引き継ぐような形になりました。改めて僕自身も、ロボッツで責任を持ってプレーしていきたいなという思いになりました」
共に過ごした3シーズンを振り返り、長谷川はこう続けた。
「平尾さんは自分の良し悪しよりも、本当にチームのことを第一に考えて、自分がうまくいかない時でも明るく振る舞ったりチームを鼓舞したりしてくれました。彼から学ぶことはたくさんありましたし、本当に今は『お疲れ様でした』というのが素直な気持ちです。キャリアも長かったですし、最後は大きな怪我から復帰しようとする努力をたくさん見させてもらいました。本人が一番悔しいと思いますけど、もっとたくさんバスケをしたい中でこういった決断をしてくれたと思っています。3年間ですが一緒にやらせてもらって本当に感謝しています」
大好きなバスケット、大好きなロボッツ
2026-27シーズンはBリーグにとって改革元年。B1は「B.PREMIER」の名称に変わり、試合日程もレギュレーションも変更された。ロボッツもこの流れに乗るように新体制となり、多くの即戦力とスタッフが加入。歴代最強の布陣が整った。
大きな転換点を迎えたこのタイミングで、平尾は一つの役目を終えたかのように現役生活に別れを告げた。新生ロボッツを託されたポール・ヘナレヘッドコーチは言う。
「彼は常にチームファーストだった。新しいスタッフや選手に対してもチームの素晴らしいことを最初に伝えてくれて、その話し方や伝え方を見ても素晴らしい選手だとわかった。彼のためにも、これからチームとしていいシーズンを送れるように努力し続けることが私たちの役目だと思っているよ」
5年前、ロボッツをB1昇格へ導いた背番号25はコート上で涙を流した。

「本当に茨城ロボッツに来てよかった」
2026年9月27日、あの時と同じホームコートで、背番号25は涙をぬぐった。
「僕のバスケットボール人生は本当に楽しかったです。もっと、みんなとバスケットがしたかったです」
セレモニーを終え、取材エリアに現れた平尾の表情は晴れやかだった。「不思議な感覚」の余韻に浸りながら、改めて15年間のキャリアに思いを馳せた。
「本当にいろんな思いがありますけど、一言でまとめると本当に楽しかったです。本当に楽しいバスケットボール人生でしたね。1年ごとに学ぶことが多かったですし、その都度成長していっている自分を感じながら15年続けてこれたので、本当に充実してたなって思います。本音を言えば、やっぱりもっともっともっとプレーヤーでいたい。バスケットを続けたいって思いますけど、でもね、そういうわけにはいかないので」
ユニフォームを脱いだ今、贅沢をするなら何をしたいのか。平尾の表情はさらにほころんだ。
「美味しいものいっぱい食べて、呑んで(笑)、でも太らないようにはしたいですね。次、ファンの人たちが僕を見たときに『平尾、太ってない?』ってだけは言われないように、家族と一緒にできる限りの贅沢はしたいなと思います」
平尾 充庸と茨城ロボッツ。10年の日々を経て、その“青い糸”は切っても切れないものになった。「次はチームと関わりながら、いろんなことをまたみんなに伝えていければいいなって思っています」。本人の言葉通り、Mr. ROBOTSは休む間もなく次のステージへと歩を進める。
37歳に与えられた新たな肩書きは、プレーヤーズメンター兼クラブリレーションリーダー。ユニフォームを脱いだ今、少しだけ肩の力が抜けた。だからこそ見える景色がある。
第2章の視界は、あの日のラストショットよりもずっと晴れやかだ。



