「ロボッツの1番」と言えば一色翔太を思い出す人も多いのではないだろうか。 

地元茨城県出身の一色選手は、美しいフォームから放たれるアウトサイドシュートとバスケットに真摯に向き合う姿勢でロボッツファン・ブースターを虜にした。 2017-18シーズンに惜しまれながら退団、移籍した後もB3の東京海上日動ビックブルー(以下、東京海上)でプレーし活躍するも2020年2月17日の試合を最後に現役引退を決めた。

 今回はそんな一色選手に特別インタビューを実施、2回に分けて紹介する。後編では、引退のきっかけと一色選手の代名詞「3Pシュート」へのこだわり・思い、今後について聞いた。

引退は2年前から決めていた。
今はバスケットをやりたいという気持ちは全くない。

ー引退を考え始めた具体的なタイミングはありますか。

ロボッツでの最後のシーズンですね。2年前の2017-18シーズンの終わりにあった面談で「来シーズンは契約しない」と言われたタイミングです。自分でもその1年の成績とチーム状況を考えたときに次の契約はないだろうなと感じていました。厳しい世界であることはわかっているので特に慌てることもなく、次はどうしようかなと他のチームを探したり、連絡とったりしていました。

その後ご縁もあって今のエキスパート株式会社で仕事をしながら、B3の東京海上日動ビッグブルーでバスケットをさせていただくことになりました。当時の自分は仕事をしながらバスケットをする形がベストだと思いましたし、そこで2年間現役を続けていこうと決めました。

東京海上に入った時点で2年間で競技を引退するということは決めていました。この2年間で満足いくまでプレーしてやろうという気持ちでしたね。ただ、競技を引退した後の30年も大事なので、そういう意味ではバスケットの競技を続けながら新しい生活のスタートが同時に切れたことは良かったと思っています。

ビッグブルーでの2年間の競技生活を終えて、今はバスケットをやりたいという気持ちは全くないです。自分自身でも特別なスキルやフィジカルもない中で「3Pシュート」という一芸を生かして、ここまで良くやってこれたなと思っています。最後の2年間でやりたいことはやれましたし、目標を全部達成できたかと言われたら違いますけど、バスケット選手としてプレーして活躍するという思いは叶えられたので満足しています。

ー少しお話に出ましたが、一色選手のプレーを見ているとシュートフォームの美しさは誰もが感じると思います。シュートやシュートフォームへのこだわりはありましたか。

シュートを打つなら単純にかっこいい方が良いと思って、NBA選手のシュートを見たりして勉強しました。誰か一人の選手を見ていたわけではなくて、いろんな選手を見ていましたね。きれいなフォームというのは自然と理にかなった形になっているので、自分の中ではこのフォームで正解かなという気持ちでプレーしていました。

かなりマニアックな話なんですけど、『SLAM DUNK(スラムダンク)』19巻に出てくる陵南高校の仙道彰が、インターハイ予選の湘北高校戦で流川楓相手に、ドリブルしてレッグスルーから放ったジャンプシュートの手をパッと外側にはじくようにするフォームをイメージしています。あのシュートフォームが理想というわけではないですが、ピンポイントに手首と小指薬指がおおげさに外側を向いた感じです。分かる人には自分のイメージとしてこんな感じと言ってます笑。わかりにくくてすみません。

こういう話をぐっさん(山口祐希選手/富山グラウジーズ)とよく話ししてました。あとマニー(眞庭城聖選手)とも練習の出来事とかを『SLAM DUNK』のことに置き換えて話したりしていました。ちなみに僕は『SLAM DUNK』だと海南大附属高校の牧紳一が好きですね。誰になりたいかと言われたら牧って答えます。笑

指先を外側へはじく一色選手のシュートフォーム。

「3Pシュート」が僕をプロ選手としてここまで引っ張ってくれた

一色選手はシュートの中でも3Pシュートを武器としていましたが、ご自身の中でいつ頃から3Pシュートを強みとして意識するようになりましたか。

高校2年生になるまで3Pシュートは打っていませんでした。むしろドライブでガンガン攻めたり、引き寄せてパスとかレイアップとかしたりするタイプでしたね。

ただ、高校の時周りでもに3Pシュートを打てる選手があまりいなかったんです。だからちょっと練習してみたらけっこう入って、自分の中でも面白くなってもっと突き詰めてみたいと思ったのがきっかけですね。そこからは日本で一番きつい練習しているのではないか、というくらいとことん練習しました。夜の7時ぐらいまでチームの練習で、終わってから1時間〜1時間半ぐらい自分でメニューを作ってシュートの練習などで自分を追い込んでいました。全部決めないと帰れない練習なんかもして、結構辛かったこともあります笑

高校1、2年生のときはチームがあまり強くなかったので、自分がどのレベルにいるかわからなかったのですが、高校3年生のときに千葉インターハイに出た時に3Pシュート成功率1位になったんです。そのタイミングから周りから「一色は3Pシュート」みたいな印象がつくようになりました。

3Pシュートの印象がついたおかげで自分としてももっと頑張らなきゃいけないと思うようになりましたね。身長は180cmもないですし、特別なガード的スキルもないんですけど、3Pシュートが僕をプロ選手としてここまで引っ張ってくれたんだと思います。

実はバスケット選手として最後の試合となった岡山での横河電機ワイルドブルー戦では、試合には負けてしまったんですけど、第4Qの試合終了の場面でブザービーターを決めることができました。その時の様子をたまたまファンの方が動画を撮ってくれていました。

ー劇的な引退試合ですね、最後ボールが回ってきたときにプレッシャーなどは感じませんでしたか。

最初に走ってるときから決めるという気持ちがあったのでプレッシャーとかはなかったですね。あの場面は味方がリバウンド取った瞬間に、コーナーまで走って、僕にパスを出してくれた選手ともバチって目があって。その時に最後ボールをもらえるな、と察知をしたので実際にパスが来たら最後はイメージ通りに自然とシュートを打つだけでした。

引退試合の最後のプレーを3Pシュートのブザービーターで終えたのも僕らしいですよね。笑

ロボッツを離れても様々な形で応援してくださって大変嬉しく思います、関わった全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです。

ーバスケットには未練がないとおっしゃっていましたが、これからの人生はどう歩んで行きたいですか。

自分がプレーをする、という意味での未練はないですが、指導の機会があればいずれはやりたいと思っています。例えばシュートだけ教える教室とかやりたいですね。ドリブルはあまり教えたくないです、YouTube見てって思います笑

シュートにはこれといった正解がないと思っています。人ぞれぞれフォームはバラバラですし、教える人もあんまりわかっていないというか。ただ、形はそれぞれが打ちやすい形でいいと思うんです。その中で細かい指や手首の使い方などシュートを打つ上でどんな選手も意識する大事な部分を伝えたいですね。そこがさっき話した『SLAM DUNK』の仙道の手首の形とかになるんですけど笑。いずれそういった形でバスケットに戻りたい気持ちはあります。

ー最後にファン・ブースターの皆様へのメッセージをお願いします。

ロボッツを離れても様々な形で応援してくださる方々がいて大変嬉しく思います。今ロボッツのためにできることはないのですが、また会場や街のどこかで自分を見かけたら気軽に声掛けてくれたら嬉しいです。僕自身ロボッツでプレーすることが出来て本当に良かったです。

関わってくださった全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

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