文:小沼 克年|text by Katsutoshi Onuma
写真:B.LEAGUE、茨城ロボッツ|photo by B.LEAGUE, IBARAKI ROBOTS
茨城ロボッツを象徴する存在が選手生活に別れを告げた。自ら終止符を打った9月27日、4600人の大歓声を背に「LAST GAME」のコートに立ち、涙のラストショットを放った。キャリア15年、ロボッツに加入して10年の日々を駆け抜けたストーリーを振り返る。
大怪我と向き合い、引き際を決断
あまりにも早い別れの知らせだった。
9月13日に行われたプレシーズンゲーム終了後、自らマイクを握り、口を開いた。
「本日も応援ありがとうございました!」
アダストリアみとアリーナは大きな拍手に包まれた。だが、それも束の間だった。
「9月27日にですね、私、現役を引退いたします」

会場が一瞬にしてどよめく。そんな中、本人はいつものように明るく振る舞い続け、挨拶を終えた。
「深刻そうな雰囲気だと気付かれると思ったので、最初は『楽しい告知がありますよ』みたいなテンションでいかせてもらいました(笑)。『知ってるよ』(という反応)じゃなくてよかったですし、たくさんの方に驚いてもらえたという意味ではサプライズになったかなと思っています」
2017-18シーズンからロボッツでプレーする#25 平尾 充庸は、今季限りで現役を引退することを決めた。在籍10年目かつB.PREMIER元年のシーズンを戦う上で、クラブと結んだのは「2026-27シーズン中の短期契約」。具体的な引退日は公表されていなかったが、まさかシーズン開幕という異例の早さになるとは誰が想像できただろうか。
でもそれは、平尾からすれば「誰にも左右されず、自分の意志で決めたタイミング」。これまでロボッツのために死力を尽くしてきた大黒柱の“最後のわがまま”だったのかもしれない。
「これから新チームがスタートするタイミングで自分もキャリアを終えて、引退試合の後から新しいキャリアを進んでいければいいなという思いもあり、いろいろ考えた末に9月27日に引退しようと決めました」
引き金となったのは昨シーズン序盤の10月26日。横浜ビー・コルセアーズ戦で負った大怪我だった。左膝蓋腱断裂、全治未定と診断され、手術を余儀なくされた。
「怪我をしたのが他の若いプレーヤーではなく、私自身で良かった」「またシュートが打ちたい」。クラブのリリースを通じて本心を明かした。療養中は復帰の経過を自身のInstagramでつづった。「諦めません」。でも、リハビリを重ねるごとに分かったことがある。
「この膝、もう元には戻らないんだな」

このまま順調に回復すれば、“それなり”の状態には戻る。もう少し年齢が若ければ、死に物狂いで這い上がり、再びコートで輝ける自信もあった。とはいえ、気づけばキャリア15年目、チーム最年長の37歳。メンタルは以前と変わらず前向きだが、身体は、自分の思い描くものと大きく乖離していた。
「動けると思っているのに動かない、やれると思っているのにできない。その葛藤がすごくありました。膝の怪我をしてから少しずつ回復していく中で、自分にできること、できないことが本当にはっきり分かったんです」
心を解いたのは、妻と両親の言葉
来シーズンで現役を引退する――。
2025-26シーズンが終わる頃には自らの引き際を決めた。頃合いを見て落 慶久ゼネラルマネージャーに報告し、ともにシーズンを戦った仲間たちに報告し、家族、両親にも思いを告げた。
バスケ人生を左右する大怪我を負った後も、決して弱音は吐かなかった。けれど、家に帰れば弱音を吐いてしまうこともある。そんな時、妻の言葉が張りつめていた何かをほどいた。
「もう頑張らなくていいんだよ」
その一言に、本当に救われた。幼少期からバスケットに触れてきた平尾にとって、現役を引退することは「大好きなおもちゃを取り上げられた感覚」と同じ。それほど大切なものを手放す覚悟が決まった。
「勝手な目標ですけど、お父さんはプロバスケットボール選手だということを我が子が理解できるまでは頑張ろうと思っていました」
3人の子どもたちにとっても、自慢のプロバスケットボール選手になることができた。引退を伝える際、最も辛かったのは両親への報告。高校時代から親元を離れ、一層大好きなバスケットに打ち込んだ。たまに実家へ帰っても、友達との遊びを優先して両親との会話は後回し。自分自身が親になってから、両親のありがたみも痛いほど分かった。
今まで数えきれないほど迷惑をかけた。きっと両親も、大怪我から復帰する姿を楽しみにしていたと思う。だからこそ、すごく勇気がいった。「ありがとう」。電話越しにそう切り出すつもりが、「ごめんね」が先に出てしまった。そんな息子への返答も、いつもと変わらず温かかった。
「自分が決めたことだから、最後まで頑張ってね」
家族や両親をはじめ、応援してくれる方々のためにも、最後まで平尾充庸を貫くことを決めた。
「やっぱりバスケットが好きですし、好きでやってる人間って多分引退なんてしたくないと思うんですよ。できることなら身体が動かなくなるまでとか、本当に死ぬまでバスケットをやり続けたい。でも、やっぱりどこかで引退する時を決めなければいけない。そういった意味では少し後悔はありますけど、最後はやり切って終わりたいなと思っています」

最後は“実力”でB.PREMIERのコートへ
「LAST GAME」は、9月27日のホームゲームに決まった。「あと2週間、ロスター入りをかけた戦いが始まります」。9月13日、平尾はファンの前でそう宣言した。
今シーズンのロスターは、怪我の影響でインジュアリーリストに登録されている#13 中村 功平を含め15名。その内、実際の試合でベンチ入りできるのは12名(+育成枠)となる。「もう一度ロボッツの背番号25番を着てコートに立ちたい」。ただしそれは、あらかじめ用意された舞台ではなく、チーム内の厳しい競争を勝ち抜いて掴み取りたかった。
「彼とは大怪我をした時からずっと対話をしています。その中で彼がずっと言っていたのは『すみません』という言葉です。彼はすごく賢い人間ですし、チームのことを第一に考えてくれています。自分はB.PREMIERのコートに立ちたい。でも、自分が選手契約することによって、限られた選手の枠が1つ減ってしまうことをすごく気にしていました。そういった平尾選手の思いを汲み取って出した答えが、短期契約という形でした」
落GMはそう明かす。平尾も「今シーズンのメンバーを見れば、自分がベンチに入るよりも他のプレーヤーが入った方がチームの助けになるしローテーションもできます」と自らの状況を冷静に見つめていた。
「もっと年齢が若ければ『怪我なんて知ったこっちゃない』って無理していたと思いますけど、今はそうはいかない。でもやっぱり、今の選手層の中でもロスター入りしてコートに立ちたいですし、自分のできることをしっかりやって食い込んでいきたいなと思います」
左膝を無意識にかばい続けたことで、ふくらはぎにも痛みが出はじめていた。全体練習にはほとんど参加できていない。それでも、できることを探し続けた2週間だった。
「アピールしつつもやり過ぎてはいけない葛藤というか、いろんな思いがありました。早くみんなと同じ練習に加わって、少しでも一緒にバスケットがしたい。終わりが見えている分、できることは限られましたけど、一緒にウォームアップをしたりシューティングメニューをしたり、この2週間でみんなと練習できる機会が増えました。僕としてはすごく楽しい2週間でした」
開幕戦が行われる週の頭。全体練習で汗を流す大ベテランを見て、ポール・ヘナレヘッドコーチは平尾のロスター入りを決めた。

思いが結実した、涙のラストショット
2026-27シーズンの初陣となったのは、9月25日の三遠ネオフェニックスとのホームゲーム。この日、チームは82-90で敗れ、平尾はユニフォームに袖を通すことはなかった。しかし2日後、再び三遠に挑む試合前には平尾が入念にシュート練習をする姿があった。自身の「LAST GAME」で、12名のエントリーメンバーに名を連ねたのだ。

「ロスター入りが決まって嬉しかった部分はあったんですけど、僕がベンチに座ることによって試合に出られない人が1人増えてしまうので、そこはやっぱり申し訳なく感じました」
心苦しいという感覚は最後まで消えなかった。だからこそ、ベンチにいる時間もこれまでと変わらず、誰よりも声を出すことに徹した。
「僕がマネージャーやスタッフ陣の横に座ったのは怪我してからは初めてでしたし、ベンチを譲ってくれた選手も後悔がないように、いつでも戦えるという姿は見せなければいけないと思っていました」

今シーズン初勝利を狙うロボッツは、この日も三遠に食らいつく。試合終了残り2.8秒、時計が止まり、タイムアウト。スコアは75-81。まだ逆転の可能性がゼロになったわけではない。ヘナレHCも熱い視線で指示を送る。その時だった。
「アツ!」
名前を呼ばれ、ユニフォーム姿でコートに向かう1人の選手に、大歓声が降り注いだ。涙はもう、止められなかった。
「あの点差だったので試合に出られると思っていなかったですけど、最後にポールHCが呼んでくれました。本当は泣きたくなかったんです。でも、呼ばれて、ユニフォームになった時に、会場がすごくパーっとなったので、『これを感じられるのも最後なんだな』って思ったらもう勝手に出ちゃってて……」

三遠の大野 篤史HCも味方へ指示を出し、ロボッツの#4 ヴィック・ロー、#8 吉井 裕鷹らもジェスチャーを交えて何かを訴えていた。ゲームクロックが動き出す。吉井からのパスを受け取った平尾は、左コーナーの位置でノーマークに。放った3Pシュートは、惜しくもリングに嫌われた。その瞬間、現役引退を告げるブザーが鳴り響いた。
「多分、ヴィック(・ロー)とかが相手の外国籍選手にも言ってくれて、コーナーでどフリーになりました。当初の予定と全く違ったので戸惑いもありつつ、でも、ああいう風にみんなが協力してくれて、最後シュートを打って終われたのは嬉しかったです」

決まっていれば、これ以上ないフィナーレだっただろう。涙のラストショット――それすらも明るい話題に変えてしまうのが、平尾 充庸らしかった。
「最後、ほぼリング見えてません(笑)」


