#22中村ジャズ~“練習生”を乗り越えてたどりついた場所~

取材:文:佐藤 拓也 text by Takuya SATO

写真:B.LEAGUE、茨城ロボッツ photo by B.LEAGUE, IBARAKI ROBOTS

今季のロボッツのテーマの一つである「IMPROVEMENT(進歩)」。その象徴的な選手の一人として期待されているのが中村ジャズだ。昨シーズン、練習生としてロボッツに加入。シーズン通して、公式戦に出場することはできなかったものの、それでも真摯にトレーニングに取り組み、日々成長を遂げてきた。そして、今季に向けて、クラブから打診された契約には「練習生」の文字はなく、正式な選手契約を交わすこととなった。

特別指定選手としてつかんだ手ごたえ

「クラブから練習生ではない、正式な選手契約を打診されたら泣くんじゃないかなと想像していました。でも、実際に言われた時、喜びよりも安堵の方が強かったんです。ようやく報われたなという気持ちでいっぱいでした」

中村にとって、悲願の選手契約だった。

名門・北陸高校卒業後、体育教諭を目指し、国士舘大学に進学。大学4年次に教員免許を取得したものの、一度立ち止まって「自分は何をしたいのか」と考え直したところ、あらためて「バスケをやりたい」という思いが込み上げてきた。当初は海外への留学を考えたが、知人の誘いを受けてBリーグのトライアウトに参加した際、B2リーグの東京エクセレンス(現:横浜エクセレンス)から声がかかった。

そして、2019-20シーズン途中から大学に在籍しながら特別指定選手として選手登録されることとなった。新型コロナウイルスの影響により、例年より早くシーズンが終了してしまったため、わずか3カ月の在籍期間となったが、「自分の中で手ごたえをつかむことができた」と言う。

学生時代は攻撃的なプレーを得意としていた一方、ディフェンスが課題だと捉えてきた。しかし、前線からアグレッシブに守備をする東京EXのチームスタイルの中で持ち前のスピードを活かして相手のガードについていくディフェンスをヘッドコーチから高く評価されたことによって、「そこから自分の意識が変わった」と話す。

「それまではSGやSFでプレーすることが多かったんですけど、HCからPGでプレーした方がいいと言われて、自分のスタイルが出来上がりました」

予定より早くシーズンが終わったとはいえ、3カ月間で自信をつかんだ中村。「HCも評価してくれていたので、翌シーズンは選手としてのプロ契約の話があると思っていました」と期待を抱いていた。

しかし、中村にとって予想外の出来事が起こる。翌シーズンに向けて、東京EXから選手契約の話は届かなかった。

「契約できると思っていただけに、『どうしよう』という不安な気持ちでいっぱいでした。ただ、自分としてはバスケをやりたい思いが強かったので、またトライアウトを受けてプロになろうと思っていたんです」

マーク貝島GMとの出会い

大学を卒業した中村は焦燥感に駆られながらも、自らの可能性を信じてトライアウトを受けた。その際、中村は心の中で決めていたことがあった。

「B2でプレーをして、自分の中で手ごたえがあったので、B2以上のリーグでプレーすることにこだわるようにしたんです。もちろん、B3のチームに入って結果を出して上がっていく手段もあったと思いますが、自分はB2以上のチームでプレーすることを決めていました」

だが、中村の元にB2以上のチームからオファーは届かず、プロへの扉を切り開くことはできなかった。

それでも、中村は自らの可能性を諦めなかった。バスケットボール選手の支援を行っている「SHOEHURRY!」という組織のサポートを受け、プロ入りに向けて練習を重ねる日々を送っていた。そして、2022-2023シーズン前、練習会場に視察に訪れたのが、以前「SHOEHURRY!」でスキルコーチを務めていた茨城ロボッツのマーク貝島GMだった。マークGMは練習生を探しに来ていた中、目に留まったのが、中村だった。

「マークGMから練習生として声をかけていただきました。自分としてはB2以上のチームでやりたい考えがあったので、練習生とはいえ、B1でプレーするチャンスが少しでもあるなら挑戦したいと思ったので、オファーを受けることにしました」

その後、ロボッツの練習に参加し、リチャード・グレスマンHC(当時)からも認められて、練習生としてチームに在籍することとなった。

練習生としての立場を最大限に利用

「濃かったですね。ひたすら無我夢中に走り抜いた1年でした」

練習生として過ごした1シーズンを中村はそう振り返る。公式戦に出場することはできなかった。それでも、日々の練習に対して前向きに取り組み、さらにはイベント活動やスクール活動にも積極的に参加した。「すべてがいい経験になりました」と振り返る。

「B2以上では通用する」という自信を持っていた中村だが、プレシーズンの段階で周囲の選手と力の差を感じたという。

「練習をしていて周りの選手との力の差を感じたんです。これは『無理だな』と感じてしまうぐらい衝撃を受けました。プロとして試合に出場したい思いはありましたが、とにかく現実とのギャップを埋める作業から取り掛かろうと思ったんです」

自分の立ち位置を理解した上で、「練習生という立場を最大限に利用することを決めた」という。

「もちろん、選手契約を交わしてロスターに入って、コートに立てたらベストだったのですが、当時の自分としては試合に出ても選手として爪痕を残すこともコンスタントに活躍することも難しいと感じてました。だから、シーズンの折り返しぐらいから来シーズンに向けて自分の力を高めることに集中しようと考えを切り替えたんです。一番の目標は来季ロボッツで選手契約を勝ち取って試合に出ること。自分にとって特別な場所であるアダストリアみとアリーナでプレーしたかったし、大好きなロボッツブースターの前でプレーしたかった。このクラブでプレーしたいという思いが強かったからこそ、求められる選手になるために努力しようと決めたんです。来季に向けて、自分の足りないところを補うことに注力しました」

それまでは自分をアピールしようと思って空回りすることが多かったという。しかし、気持ちを切り替えたことによって、自分の足りないところが見えるようになり、改善すべき点も明確になっていった。さらに日々の練習や練習試合の映像を見返して、足りないと思ったところを重点的にトレーニングすることも怠らなかった。そして、どんどんプレーが良くなってきていることを実感できるようになり、積極的にチャレンジする回数も増えていった。

そして、「自分がどうなりたいかという選手像を描きだした」ことも中村にとって大きな変化だった。

「自分の理想を思い描くことで、ディフェンスに関しても、オフェンスに関しても、伸ばしていきたいところとか、重点的にやりたいところが見えてきました。それを継続的に取り組んでいった結果、ちょっとずついいところが出るようになっていったんです。1年間、とにかく積み上げることができました。その結果、1年前に感じたギャップはだいぶ埋まってきたという実感はあります。自分として、やっと準備が整った感じです」

そう話す中村の表情は充実感に満ち溢れていた。

躍動する姉の姿に刺激を受ける

そんな中村には、「プロの選手になること」とはまた別のモチベーションがあった。それは姉の中村優花(現:Wリーグ 富士通レッドウェーブ)の存在だ。子どもの頃から注目を集めていた姉は「ずっと追いかける存在だった」という。ただ、姉と比べられることも多く、「ライバル的な執着というか、とらわれるところがありました」と複雑な感情があったことも中村は認める。

なかなかプロとしての契約を交わすことができず、「諦めた方がいいんじゃないか」と思ったこともある。ただ、そんな時、中村の気持ちを奮い立たせたのが姉の存在だった。

「自分も姉のようになりたい」

試合会場に足を運び、躍動する姉の姿が中村の心を漲らせた。

「姉ちゃんの何がすごいかというと、気持ちの部分。気持ちを前面に出してディフェンスやリバウンドをする。姉ちゃんは技術も高いですけど、それ以上に気持ちを大切にしている。僕も姉ちゃんのような見た人の心を揺さぶる選手になりたいんです」

1年間の練習生生活を経て、ついにつかんだプロ選手契約。だが、今は「まだあまり実感がない」という。

「個人的にプロとして実感して、テンションが上がるのは実際にコートに立った時だと思っています。契約した時点でスタートラインに立つことはできましたけど、これから開幕に向けて気持ちや技術の準備をしっかりして、いい状態でコートに立てるようにしたい。そして、あとは力を証明するだけです」

中村は力を込めた。

少し遠回りしたかもしれない。だが、心身共に成熟するために必要な時間だったことは間違いない。わずかな光を信じて、道を切り開いてきたその足跡こそ、中村の強さの証だ。

プロ選手として、初のB1の舞台へ――

中村ジャズの新たなストーリーがはじまる。

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